親知らず豆知識    歯科口腔外科部長 山崎 正 
 
 親知らずは、智歯・第三大臼歯・最後臼歯とも言われる、口の最も奥に、最も遅く生えて(萌出)くる歯です。一般的には上下左右4本の親知らずがあります。
 20歳頃に生える人が多いのですが、40歳代、50歳代になって萌出して来る人もいます。
 総入れ歯のお年寄りが、『入れ歯があたって歯肉が痛いから、診て下さい』と言うので、レントゲン写真を撮影して見ると、加齢により骨が細くなり、以前は骨の中に埋まっていた親知らず(以下、智歯と呼びます)が表面に出て来て、入れ歯に当たっていたこともあります。
 智歯は、形や萌出時期も様々で、生えないまま骨の中に埋まっている人がほとんどです。
  

親知らず<智歯>の形と数の変化

       
 歯の数は人類が火を使い、軟らかい食事を食べるようになると共に少なくなっており、智歯は、退化し無くなりつつある歯と考えられています。現代人では、全く親知らずのない人もいますし、1本だけ残っている人、2本の人、3本ある人など様々です。親知らずの1本も無い人は、進化した人類と言えるでしょう。
 他に退化し無くなる傾向の歯としては、上顎の側切歯(犬歯の横にある門歯)などがあります。
 智歯の形は矮小化し、小さくなっていると言われ、実際に第一大臼歯や第二大臼歯と比較すると明らかに小さいです。智歯の形態は、不揃いで丸みを おび不整で歯根が曲がり短いため、咬合力(日常的な噛む力)に耐えられる
形ではありません。 早い話が生えても、 噛む役に立たない形の智歯が大多数です。
 智歯は溝が深く、食べカスが貯まりやすく、歯ブラシの届きにくい位置に生えているため、虫歯になりやすいと考えられています。

埋伏智歯

   
 顎骨の中で歯槽部と言われる、歯の生える場所の広さ(スペース)に制限があり、他の歯より遅れて最後に生える智歯の順番が来た頃には、出られる場所が残されていません。従って顎骨の中に完全に埋まったまま、生える事のできない智歯や、歯肉の下に少しだけ白い歯の一部分を覗かせる智歯が大部分です。この様に生えることのできない智歯を、埋伏智歯と呼びます。下顎の智歯が骨の中に横に埋まっている状態を水平埋伏智歯、また、骨に埋もれた状態で、歯冠の半分くらいが見える状態を半埋伏智歯と呼びます。
 私は親知らずがないと思っている人でも、顎のレントゲン写真を撮ってみると、骨の中深く、思いもかけない場所に眠っている智歯を、見つけることがしばしばあります。

親知らず<智歯>と顎骨の関係

       
    
上 顎
 上顎の骨は、内部に上顎洞と呼ばれる、ピンポン玉位の大きさの空洞が左右にあります。上顎の臼歯では、歯根の先端上方部に空洞があるため、目に近い上部や後方の骨が薄い特徴があります。そのため後方に位置する智歯周囲の骨が、最も薄いので、咀嚼による噛む力に耐え、歯を支える だけの充分な形状、強度が骨にない場合もあります。
 上顎骨は小さくなっているため、歯軸と呼ばれる智歯の生える方向が後 方に傾き、噛み合ない位置にあることも多く、上顎洞と接して智歯が薄い骨に張り付く様に埋まっている場合も多々あります。

下 顎
 下顎の智歯が生えるために与えられた場所は、下顎骨の曲がる角の傾斜地であり、先に萌出した手前の第二大臼歯に邪魔されて生えられない(萌出できない)場合や、生える方向が傾き、横を向くため、噛み合うことのない不整な位置にあることがほとんどです。
 上下2本の智歯が、協調して噛み合うような位置に萌出するのは、極めてまれなことです。
 軟らかく、細かく調理された食物を食べる習慣は、歯の退化を促進するだけでなく、顎骨が小さくなる原因にもなっています。なぜなら厚い筋肉による、強い噛み砕く力がなくとも、食物を細かくすることができるので、現代人の咀嚼筋肉は薄く、顎骨も小さくなっています。そのため歯が生える部分の歯槽骨の面積も絶対的に小さくなり、すべての歯が並ぶだけのスペースがないのです。日本人は、特にその傾向が著明であり、俗に言うえらの張った人が少なくなり、細いあごの人が増えているようです。昔から、日本人には八重歯が多く、歯並びが悪いのが特徴と言われています。八重歯は歯槽骨のスペース不足から、適正な位置に犬歯が萌出することができず、唇側にはみ出して犬歯が生えた状態を言います。 若い女性の八重歯は可愛らしく見えますが、歯並びが悪いと虫歯や歯周病の原因になるので注意してください。
 

近年の歯の変化

   
 最近の子供達はビーバーのような大きな歯をしていると思ったことはありませんか。戦後日本人の食生活は変わり、ハンバーグ、カレーライス、お刺身など高タンパクの食事を取るようになりました。小児期に高タンパクの食事を摂取していると歯が大きくなると考えられています。実際に、診療で若い人の口の中を見ると顎や舌の大きさと較べ歯が大きく感じられることが、しばしばあります。その様な人は、皆同様に歯並びが悪く、歯列の左右対称性もない歯の生え方をしています。一方手入れの良い80歳代のお年寄りの歯は比較的小さく、若い人の3本分の歯の生えるスペースに、4本の歯が整然と並んでいるのではと思わされる時があります。顎骨が縮小化し、歯が巨大化すると、歯並びは必然的に悪くなります。
     

智歯周囲炎

       
 智歯を長く、そのままにしていると、智歯と歯肉の隙間に雑菌が繁殖し炎症の原因となり、智歯周囲炎となります。『虫歯でもないのに何故、埋まっている親知らずが痛くなるのか』と言う質問を、多くの患者さんから受けますが、神経は歯だけでなく、歯肉や歯の周囲の骨にもあるので、歯肉が腫れて炎症を起こした場合に痛みを感じるのは当然のことです。口の中は暖かく絶えず湿っており、食べかすなどの養分も豊富ですから、細菌が繁殖する条件がそろっています。
 歯の表面の硬いエナメル質は、骨や歯肉と接着することがないので、必ずエナメル質で被われた歯冠の回りに空隙ができ、そこが雑菌のすみかとなります。智歯周囲炎から咽頭や気管に炎症が広がり、 食物を飲み込むことができなくなったり、腫れにより気管が圧迫され呼吸ができなくなることもあります。
 処方箋 1枚で簡単に抗生物質を手に入れることのできる現代では、歯の痛みや腫れなど、病気の範疇にも入れてもらえません。しかし、抗生物質の無かった、わずか100年前の時代までは、口腔内を不潔にしていると、虫歯や歯槽膿漏の雑細菌が原因となり、炎症が全身に広がり高熱を発生、呼吸不全、敗血症で多くの人が死亡したと考えられています。 智歯周囲炎や歯周病が進行すると、口腔内の痛みや腫れで物が食べられなくなり、体力が低下し衰弱していきます。事実、エジプトで発見された紀元前の多くのミイラには、虫歯や歯周病からの重症歯性感染症の痕跡があり、死因に関与していると言われます。
   

智歯と顎関節症

   
 口を開いたり、閉じたりした場合、最初に当たる(噛み合う)歯は、大多数の人が最も奥に生えている智歯であり、智歯の無い人は、第二大臼歯です。従って智歯の位置が僅かでも異なると、噛み合わせにくるいが生じます。歯は、左右対称に並び、上下顎的には、上顎の大きな相似形態に歯が並ぶことが基本です。しかし、上下4本の智歯が整然と噛み合う位置に生えている日本人はいない、と言っても良いくらい稀でしょう。智歯の位置がのびて、奥歯の噛み合せが高い場合、前歯が合わさらず、噛めないこともあります。顎の運動は単に上下に開くだけではなく、前後・左右にスライドする動きなどがあり、智歯の位置が不整な場合に、他の歯以上に噛み合せの障害になります。顎関節運動は、歯並びと協調しているので、歯の位置や形が不良な状態を長期間放置していると顎関節症となります。
   

埋伏智歯をそのままにすると手前の臼歯が虫歯になる

       
 智歯の多くは半分骨に埋まった状態で、手前の第二大臼歯に寄りかかった状態で歯肉の下に隠れています。そのため手前の大臼歯の奥側面と智歯の間には、食べカスの貯まりやすい、歯の磨きにくい場所ができてしまいます。埋伏智歯があると第二大臼歯は奥の横から虫歯になりやすく、鏡で見て奥側面からの虫歯は、見つかり難いのが特徴です。噛む役に立たない智歯は虫歯になっても、さほど問題ありませんが、第二大臼歯は一生大切に使う歯です。 将来、入れ歯を使用する予定の無い方は、レントゲン写真でご自分の智歯の状態を、早い時期に確認しておく必要があります。
   

智歯の治療

   
 埋伏智歯、水平埋伏智歯は抜歯が最良の治療方法です。
 半埋伏智歯は手前の第二大臼歯がすでに虫歯で抜歯されて無い場合などに、残すことがありますが、特別な状態でなければ抜歯します。
 妊娠中の女性はホルモンのバランスが変わり、感染に対する抵抗性が弱くなるので、智歯周囲炎になる頻度が高くなります。 また、妊娠期間中は胎児に悪影響を与えるため、できるだけ痛み止めなどの薬は飲まない方が良いと言われています また、出産後も体力の低下による抵抗力の減弱、授乳期間中は抗生剤などの薬剤が母乳中へ移行することが心配されるので、治療が制限されます。妊娠の可能性のある御夫人は、妊娠前に智歯を抜歯しておくことをお勧めします。
 抜歯時の麻酔方法は、局所麻酔と呼ばれる注射剤を使用する方法が、日本では一般的ですが、欧米人の歯は、歯根が長く骨に深く植わっているため、抜歯が難しく患者さんの苦痛も多いので、全身麻酔をかけて抜歯することが多いと言われます。
   

親知らずを抜いた後

 歯を抜いた後には、骨に大きな穴(抜歯窩)ができます。穴の周囲は、骨面が露出しており表面の小さな穴から血が滲み出て、抜歯窩が血塊で満たされると、傷が治り始めます。その時期に血が出るからと、くり返しうがいをすると傷の治りが悪く、感染の原因となるので注意して下さい。一般的に歯を抜いた後の傷は、抜歯窩の中の血液が線維化し肉芽組織となり、さらに徐々に骨に変わります。同時に周囲からは上皮と呼ばれる組織が伸張して、傷を塞ぐことで治るのですが、それまでに約2ヵ月の期間を要します。
  
   下顎智歯
 下顎骨には中心部にパイプ状の細い空洞があり、中を下唇やオトガイ部皮膚の感覚を伝える知覚神経(下歯槽神経)が入っています。下顎の智歯は、骨の中に埋伏している場合が多く、智歯が下歯槽神経の入っているパイプ状の空洞に接していたり、智歯を抜いた後の穴と空洞が一部繋がった場合、炎症が空洞内に広がり知覚神経を障害し、下唇やオトガイ皮膚の感覚麻痺が生じる場合があります。

   上顎智歯
 上顎骨後方部の骨は比較的薄く智歯を抜いた後の穴(抜歯窩)が上顎洞と呼ばれる鼻の一部を構成する空洞と繋がってしまい、飲み込んだ水が鼻の穴から出たり、 息が鼻から漏れたりする場合があります。骨の薄い人では智歯以外の大臼歯を抜いた後にも、そのような症状を生じる場合があり、特に現代人は顎骨の発育が悪いために、痩せた骨格の小さな女性などに、多くみられます。


 嫌われ者の智歯とはどのような歯であり、現代日本人の智歯は、どのような状況にあるか、多少でも知ることができたでしょうか。
  

  
 
   
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