地域医療懇談会
 
地域医療懇談会とは
 

受付 JA長野厚生連病院は、地域住民のいのちと健康をまもるために、地域住民の皆さんと農協組合員の手によって設立された協同組合の病院です。

 小諸厚生総合病院がかかげる「医療は住民のもの」というスローガンは、「医療・福祉の民主化」「医療・福祉への住民参加」「地域づくり」を実践しようとする意思を、広く地域に向かって表明したものです。厚生連病院がより協同組合らしい運営を志すならば、患者さん・地域住民の皆さんのさまざまな場面での「参加」をつくりあげていくことが必要となります。

 地域医療懇談会は、医療・福祉労働者と患者さん・地域住民の皆さんがともに手を携えて、時々の医療・福祉の情勢に見合ったテーマについて学習し、そこで話し合った内容を日常の医療活動や病院の運営に反映させる、さらに社会保障の拡充運動や健康で豊かな地域づくりにむけた協同運動を築いていく、そうした運動を切り開いていくための機会として開催しています。

 

この懇談会は病院と地域をつなぐ接点であり、そして協同の取り組みをすすめるための基点でもあります。私たち小諸厚生総合病院は地域医療懇談会の意義と役割を重視し、取り組みを大きく発展させていきたいと考えています。

 
地域医療懇談会の主な歴史
 

まだ佐久総合病院の分院であった1975年、当時、病院の運営・経営がたいへん厳しい状況に直面しているときでした。職員の中から「私たちの病院はいま、地域の人たちにどのように受け止められているのだろうか。生の声を聞いてみたい。」という声が高まり、全国に先駆けて地域医療住民アンケートを実施しました。全職員が仕事の終わった後、一軒一軒戸別訪問を行い、受診状況や病院に対する要望や意見を直接聞いて回りました。結果は「医療従事者は冷たい。不親切だ。」という声が多く、予想を越える厳しいものでした。1977年、地域医療住民アンケートの結果を受けて「厚生連医療の原点に戻り、患者さんや地域の皆さんに信頼される病院づくりに全職員で取り組もう」との方針が決定され、地域の皆さんの意見を直接聞いて今後に活かしていこうと「地域医療懇談会」が開催されるようになりました。

 1977年「院内美化運動」、1978年「もらいもの廃止運動」、1982年「さわやかあいさつ運動」など医療改善運動がはじまりました。

 1983年には患者さん・地域の皆さんの声を反映し、当時では珍しい夕食配膳時間を夕方6時にしました。

 1988年の第11回地域医療懇談会では、地元の農家の皆さんより「学校給食に無農薬野菜を導入する取り組み」について実践報告がされ、病院・地域住民・労働組合それぞれの立場で食の安全について話し合いをしました。その結果、当院では、現在も病院給食に地元産の低・無農薬野菜を積極的に取り入れています。

 その他「救急医療」「病院給食の有料化」「介護保険」「医療費負担増」などその年々にふさわしいテーマで開催しております。

 
   
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